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東部市場前

過去から来た猿

清水マリコ『友達からお願いします。』読了。数年ぶりの新刊に胸躍る。
傷を与えられている&思春期補正で女子に対して自意識がめんどくさいことになってる男の子と融通の利かない清冽な美少女が名状しがたい信頼関係から友達へと至る話。
ジャンルの重力もあってか露骨に恋愛への含みが散りばめられているんだけど、まだ手前に留まっている。無論、「手前」という括りが既に問題孕みではある。
思春期はいつだって恋愛に憧れていて、ラブコメを読もうが非ラブコメを読もうがおまえらさっさとくっつけよと呟く毎日だったけど、今となっては恋愛未然の名状しがたい、尊くゆかしい領域に踏みとどまって欲しいと願わずにいられない。とらドラ!の話ですか。そうかもしれません。
田中木蓮という人もそうで、その清いあり方はかつて当方が挫折してしまったものに似ていて、だからいつまでも保ってくれと祈らずに以下略。

自分語りが過ぎたのでむしろアクセルを踏んでみる。中学生の頃、ライトノベルを意識的に買って読むようになったいくつかの作品のひとつが「嘘」シリーズだったので(それ以前は図書館で何となく読んでいた)、どうしても思い入れと投影をしがちです。
水が合うんですよね。この人の作品から立ち上る、東京だったり神奈川だったりのなんてことはない住宅街のまとう「水」の匂いが。(それから、けして読者を自傷行為に耽らせるためだけでない、彼らを彼らたらしてめている一部分としての抑制の利いたイタさが。)
もともと、街の中を水が流れている光景が好きで、地元のそうした場所を巡ったりもしたんだけど、東京の湾岸は工業・流通地帯の人工性と圧倒される規模、交通の密集、それでいてちょっと行けばすぐ人の生活が息づいているありようがたまらなく魅力的なんですね。羽田空港から首都高をバスでお台場有明の方に抜けたり、(作中にも登場する)モノレールでときに水の上を走りながら大井競馬場浜離宮や水上交通の行き来を視界に収めたりとか、あるいは京急の急行で住宅すれすれを駆け抜けていくときとか。これまでの上京、とはイベントに参加するか人に会うかのどちらかだったので、それ以外の一種の「観光」としてのこうした時間はとても楽しい。一度大田区・江東区観光に行ってみたいですね。
(ところで、この点でも劇場版パトレイバー2は大変趣味に合った映画であったことに気づく。)

話を作品に戻すと、こうした点から街歩き小説だったり工場萌え小説としての本作が見えてきたりもする。デイリーポータルZ的とでもいうか、非専門的な、一介の市民のフェティシズム的見地から何気ない風景を再発見するとかなんとか、そんなかんじ(柄谷行人とは関係ないはず。多分)。
あとがきによれば『HURTLESS/HURTFUL』も舞台を同じくしているとのことなのでいずれ再読したい(←しないフラグ)

他、散漫なメモ。

  • 恋愛厨の友人キャラを投入したりわざわざ「二人部」という枠組みを設定する辺りが、今風のMF文庫Jらしいラブコメにしようと手を入れた部分なのかな、と。
  • モノクロ挿絵の使い方が大変上手い。デッサンに難あれど表情が堪らない。特に終盤の見開き2枚はテキストとの連携において秀逸な演出。
  • 水森めんどくさえろい。視点の数だけ世界はあるわけで、楓にとっては失敗色で塗り固められた記憶が彼女に言わせれば「かっこいいと思」わせる光景だった、というのが読んでてこう、心温まるというか、救われる。