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東部市場前

過去から来た猿

『風立ちぬ』観てきました。うっひょー。

  • なぜうっひょーなのか。無論妹がかわいいからなのですが、これが結構機能的な造型ではあって。
    • 登場するたびに二郎を「にーにーさまは薄情者です!」と罵るわけですが(妹って本当にサイコーですね)、翻ってみればそれは二郎の、興味のあるものにはとことんのめり込むけどそうでないものには相応に関心を払わないし心情を慮ったりもしない類の人格と、現代よりも格差の激しい社会にあってそうした夢追い人としての生き方が(妹から罵られる程度で)許されるような身分を示唆する。名前からしても妹からの呼び名にしても、多分次男坊なんですよね。田舎の旧家の生まれではあるけども、どうやら家督を継ぐ必要はないらしいし、夢を実現するためには資金面のサポートも受けられる。これはやがて医者を目指すようになる妹についても言える。
      • だから庵野秀明の人の配役はこれ以上なく素晴らしくて、声に感情ののらない演技が絶妙にマッチしている。
      • 付言すると菜穂子もまた、そうした(即物的で煩わしいことに頭を悩ませずに)絵を描いたり愛に生き愛に死んだりして許される立場ではあって。二郎と本城の会話からも窺えるように、本質的に戦前のエリートの人たちの話ではある。
    • で、医者の卵であるので菜穂子の病状をある程度専門的な見地から判断できるし、その上で「身内」として怒ったり悲しんだりすることができる。重箱の隅だとは思うけど、新たに往診の医者を出すよかスムーズな脚本とはいえる。
    • そして、これまた穿ち過ぎかとも思うけど、数少ない成人女性キャラの中で顔の造形も(あるいは体型も)けして美人ではないように描写されることによって菜穂子の美しさが一段と際立つような気がするんですね。二郎の幼少期に初めて登場したときは幼児らしく膨れ上がった面だと思っていたんだけど、髪型まで含めてそのまんま成長しちゃいましたね。
  • 震災のはじまりのシーンがよかった。
  • 夢。夢ということばはとても便利で、夜見るものと明日に思い描くものといわゆる「現実」とを容易に重ねあわせたり相互に転換させたりできる代物です。むかし御影論でそんなことを書いた記憶がないでもなくて、夢の話をされるととりあえずエロゲーを連想してしまうんだけど、今回真っ先に思いついたのは湊斗光ではあったりする。現実を夢として生きるようになったがために大量殺戮時代の権化と化してしまったあの人。いや、だからどうということもないんだけど。