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東部市場前

過去から来た猿

ちんちんを読了。もとい、米倉あきら『インテリぶる推理少女とハメたいせんせい』であるわけですが。旧題「せんせいは何故女子中学生にちんちんをぶち込み続けるのか?」のが破壊力あってどうにも馴染む。
多分、色々な切り口があるんだけど、まずもって言えば当方のために書かれたとすら思えるツボの突きっぷり。このタイトルからどう釣りに来てくれるのか楽しみにしていたら、存外直球で強姦全開、信用出来ない語り手=レイパーによって紡がれるドライブ感ある文体は個人的には『フリッカー式』や『左巻キ式ラストリゾート』を連想させつつも焦燥感やドギツい露悪趣味は無く、(あるいはレーベルの倫理規定に制約されたのか)どこか淡々と他人事の風があって心地良い。文章の「視界の狭さ」、描写に先行して客観的に事物が存在することを前提としてビデオカメラ的に描出するモデルを採用せず小説を小説として書き連ねることで無限に実行されるちゃぶ台返しの快感。主人公の度を越した処女厨設定はジャンル規範を露悪的に引きずり出したような仕込みでありつつもやっぱり女子中学生連続強姦は圧倒的に正しく、そして無論正しくないことに自覚的であり、けれどもそれは本当に遵守すべき規範なのか、というウェブ小説出身者とは思えぬ(失礼)倫理感。ちゃぶ台返していくところまで含めて信頼できる。
ところどころ、他人とは思えないのですね。鏡としてのエロゲー主人公の話とか、ジャンル規範への葛藤とか。あの辺のログを見てたのでは、と思わされるものがある。自意識過剰か。
オチについては実際、すぐにはぴんと来なくて、というのも当方は生来恋愛厨であるので大抵の話は無理くりにでもラブコメとして読もうとするうえに本作も購入前にあらすじを読んでまさにそのように認識していたので(何せ裏表紙にも「孤島を舞台に繰り広げる壮絶な頭脳戦と恋愛模様」って書いてある)、かえって脳がうまく咀嚼してくれなかったんですね。ここを読んでやっと理解できたのだけど、それで思ったのは、こうもちゃぶ台返しを連発すると一見整合性のありそうなそれなりの結末にしても一部の読者は変にうたぐって本篇を何度も読み返したりする羽目になる、そうした疑心暗鬼の回廊に読み手を閉じ込めることで傑作たろうとする選択も当然ありえたはずだし現にそれを待望していたのではないか、だが作者はそうしなかったのだな、と。事件-解決、咎人-贖罪といった機序はすなわち勃起-射精のアナロジーにも読めて、しかし終いには肩透かしを食らう。
ちんちんのいらいらする小説ではあって、けれどもシコれはしないのだった。